雑記(2020年下半期に読んだ本)

投稿が読書記録ばかりになってしまっているが、この半年で読んだ本のメモ書き。

  • 『会社はこれからどうなるのか』(岩井克人)
    岩井克人先生といえば『ヴェニスの商人資本論』が有名だが、そちらは家の書棚になかったので、書棚にあったこちらを読んだ。「会社は誰のものか?」という古くて新しい問いに丁寧に答えることを試みた本。ここ数年のコーポレートガバナンス改革の活発な動きとそれに呼応したアクティビストと呼ばれるヘッジファンド等の動向は実務家の私にとっても直接的に関係のあるトピックではあるが、目先の対応や個社の戦略論から一歩引いて理論的に考察するための枠組みも持っておきたい分野。
  • Reimagining Capitalism in a World on Fire, Rebecca Henderson
    著者はハーバード大学ビジネススクール所属の経済学者で長年ビジネスがどう環境問題や社会問題の解決に貢献できるかという観点での研究を続けている。資本主義のあり方の見直しやESG重視のトレンドはこの2, 3年特に勢いを増している印象であるが、その中でもとりわけ昨年のBusiness RoundtableステートメントやBlackRockの公開書簡は話題を呼んだ。日本では冷笑的な人も多いが、確かに人権問題にしても環境・社会問題にしても、搾取するだけ搾取しておいて自分たちの血まみれの手を見てはじめて「国際的ルールを作ろう」と恥ずかしげもなく言い始める面の皮の厚さは相変わらずだと思う一方で、人様に散々迷惑をかけながらもトライアル&エラーを繰り返して人類を前に進める姿勢は大したものだとも思う。こういったリーダーの資質というのは血の染み込んだ土壌からしか生まれないものだろうかと思うし、悔しいけれども人類を良くも悪くも前に進めているのはこういうエネルギーであろう。
  • 『まぐれ』 (ナシーム・ニコラス・タレブ)
    昔読んだ『ブラックスワン』とやたら似ているなと思ったが、どうやら『ブラックスワン』より前に書かれた本なようで、読んでいる途中で気づいた。彼の本は、読んでいるときは、ほうなるほどと思い読むのだが、読み終わると何の話であったか忘れてしまう。ビジネスの場で大真面目に語られる迷信に近いセオリーを馬鹿にして笑い飛ばす、みたいなところは読んでいて痛快なのだけれど。ヘーゲル嫌い、リチャード・ドーキンス好き、など読書の好き嫌いがちょっと面白かった。
  • 死の家の記録』(ドストエフスキー
    ストーリーなどあってないようなものであるにも関わらず面白い。 ドストエフスキーの一冊目や二冊目に読む本ではないと思うが、彼のルポライター的才能と何より実際にシベリア流刑の実体験にもとづいており中々読ませる作品である。
  • 『夜の果てへの旅』(セリーヌ
    長らく読もうと思っていてようやく読めた。独特の語り口、スピード感覚の小説で決して読みやすい小説ではないが、不思議と愛着を抱いてしまう作品。主人公のバルダミュは世界に幻滅しており始終罵言を吐いているが、高尚な絶望から抽象的な虚無に至るのでなく、底辺生活の腐臭と幾度か訪れる別れの切なさの中に生きている実感を見出しているように見え、そこが読者に愛着を抱かせるところのように思う。
  • 灯台へ』(ヴァージニア・ウルフ
    ウルフは『ダロウェイ夫人』をだいぶ前に読んで、正直なところどういった書かれ方をした小説で何が面白いのかというポイントはほとんど忘れてしまっていたのだけれど、今回『灯台へ』を初めて読んでかなり驚いた。筋書きはほとんど無いに等しく、ラムジー家とその周りの人々の日常の出来事が登場人物の内省とともに語られていくだけであるが、作者の鋭敏な感受性と繊細な表現は本書のどこを読んでも漲っておりどの一節も退屈でない。人間が正気を保つことのできるギリギリにまで感受性を高めた時に書かれることのできた文章。
  • 『曾根崎心中・冥途の飛脚・心中天の綱島』(近松門左衛門
    まずはあらすじを理解したいと思い現代語訳のついているものを読んだ。人形浄瑠璃を観に行きたいと思っている。
  • 『五つの証言』 (トマス・マン)
    敬愛する渡辺一夫先生による翻訳。『魔の山』などで有名なノーベル賞作家トマス・マンが亡命先で第二次世界大戦に突入するドイツひいてはヨーロッパ全土に対する警鐘として書いた文章四篇、それを紹介するアンドレ・ジッドの文章一篇の翻訳を『五つの証言』としてまとめたもの。渡辺先生はこれらの文章を「空襲警報の合間に」、仮に自分も含め全国民が本土決戦に巻き込まれることになったとしても必ずや戦後に生きる人間達の糧になると信じて翻訳をした。翻訳の経緯を1945年8月15日を回想しながら書く(仏文の恩師である)辰野先生への手紙もまた渡辺先生の学知と人柄がよく表れている。渡辺一夫先生の本は、『フランス・ユマニスムの成立』や『痴愚神礼賛』の翻訳と解説、ラブレーの『ガルガンチュア物語』、『パンタグリュエル物語』の翻訳・注釈など、学生時代に最も好んで読んだものの一つだったが、恥ずかしながらこの『五つの証言』は知らなかった。
  • マックス・ウェーバー』(野口雅弘)
    中公新書の新刊で目に付いたので脈絡なく買ってみた。ウェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を学生の頃に読んだときにとても面白かったため、一時は『職業としての政治』や『職業としての学問』、『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』などを立て続けに読んでいた時期があった。この読書記録からもわかるように、彼の宗教社会学の主著には手が出ていない。
  • パラサイト・イヴ』(瀬名秀明
    私やもう少し上の世代で中高生のころに生物学に関心があった人は読んだことのある人が多いのではないだろうか。私も昔高校の生物の先生に勧められた微かな記憶がある。SFミステリ(ホラー?)小説のカテゴリーに入るのだと思うが、生物学・医学に関連する描写が正確であるため「玄人ウケ」するSF、というような捉えられ方をしていたと思う。ストーリーの基になっているのは、真核生物の細胞の中にあり、エネルギーの産生を司るミトコンドリアという細胞内器官は、元々外から真核細胞に寄生し共生してきたのであるという(おそらくは正しい)学説である。そのミトコンドリアが反旗を翻し、宿主である我々を乗っ取ろうとする・・・というそんな話。
  • Economics for the Common Good, Jean Tirole
    ノーベル経済学賞受賞者のジャン・ティロール氏による一般向けの経済学の本。経済学者の中でも多産かつ幅広い領域で成果を上げている人のようで、本書のトピックも社会政策への提言の部分だけとっても環境問題や企業統治、金融市場、競争政策やイノベーションについて経済学の観点から丁寧に論じており非常に勉強になる。日本語訳も『良き社会のための経済学』という題名で出ている。
  • The Vital Question -  Energy, Evolution, and the Origins of Complex Life, Nick Lane
    これは別途内容を整理してみたいと考えているが、生命科学の本で久しぶりに面白いものに出会った。生命はどう始まり、どう進化したのか。基本的な生化学、化学熱力学、分子生物学の素養がない読者には少し難しいかもしれない。
  • 『大学数学ことはじめ』 東京大学数学部会
    私が駒場にいたころはこういう平凡な学生向けの導入本は存在しなかった気がするぞと思い、手に取ってざざっと目を通して読んでみた。各基本分野の見取り図を思い出すために。
  • 『続 解析入門』(ラング)
    上半期にミクロ経済学の教科書を読んでいた時に多変数関数の微積分は当然出てくるわけだが、せっかくなのできちんと復習しようと思い立ったので。教科書を読んで、章末問題を解いて、というのは楽しいものである。基本的なことが取っつきやすく書かれており、私のような数理系バリバリでない人間でも読める。せっかくgradとかdivとかrotとかを思い出したのでこの勢いで電磁気学の教科書をきちんと読んでみようかと思っている。